「音楽の「楽」について思うこと」

近年僕は年に2回、春と秋に2週間づつ日本ツアーに行っている。日本に行くたびにセットリストをほぼ全曲新しく入れ替えているが、こんなことを出来るのは日本でだけではないかと思う。

 

合理主義のアメリカのミュージシャンは、コストパフォーマンスを重視するから、最小限の努力で最大の実入りを期待する。毎回ショーのたびに20曲ほど新しく準備するなど、彼らには有り得ない。

 

日本にツアーに行くと共演者の方々からは、アメリカで長年活動をして来た僕から、何か刺激を得ようという好意を感じることがある。それは阿吽(あうん)の呼吸となって、無意識のうちにステージのパフォーマンスにも現れる。

 

最近になって人から、僕の演奏には音楽の「楽」が欠けていると言われたことがある。それは禁欲的と言って良いほどに、僕は最良質の演奏をバンドのメンバーにも厳しく求めるからだ。

 

僕にとって音楽を演っていて楽しいと思うのは、バンドのメンバー全員が確かな土台の上に立ち、自発的に各個人が意外性を発揮した時だ。緊張を破るその時の高揚感は、言葉で表現するのは難しい。さらに、その上に聴衆とのスピリチュアルな連帯感が生まれるとき、それはもう至福の空間となる。

 

日本ツアーを組むときは、僕はフリーランスのミュージシャンとして何から何まで全て自分で手配する。いずれいつの日か、それをするのが面倒に感じるようになったときが、いよいよ潮時なのかも知れない。その時こそ音楽を聴く側に回ってエンジョイするのも悪くない。

 

春の日本ツアーが、まもなく始まります。

 

(写真はシカゴのブルースクラブ、キングストン・マインズにて)

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