僕は17歳で黒人ブルースに出会って以来かれこれもう半世紀にわたり、ブルースやソウル音楽を聴き込んで来た。それ以来、ある意味ではロック音楽から受けて来た影響を自分のギターから排斥しようとして来たとも言える。
僕がアメリカに来た当初の目的は音楽をやることではなかった。が一方、ブルースへの音楽志向が自分になければ、アメリカに移住はしなかっただろうことも事実だ。
しかし自分の一番好きな、かつて「ウェストサイド・シカゴブルース」と呼ばれたサウンドはもはやシカゴですら聴かれない。ブルースのメッカであるシカゴでは、時代と共にそのサウンドはより洗練されて来た。そこには、爆音ブルース・ロックの影も忍び寄せている。
今住むカリフォルニア州では、伝統的にスイング系のジャンプ・ブルースが盛んである。だがもう、僕がライブを観に行きたいと思うブルースバンドは、この界隈には居ない。
これまで長年掘り下げて来た往年のダウンホームなシカゴブルースは、むしろ日本に行った方が根強い需要がある。1970年代に日本で起こったブルースブームを体験した世代は、シカゴブルースのシャッフル・グルーブにハマった人が多い。
それは今僕が、日本ツアーをエンジョイする大きな理由の一つだ。
その一方で僕はこの2年間、アメリカでのライブ活動は休止して、ストーンズ曲を習得することに集中した。彼らの音楽はブルース音楽の延長線上にある。
キース・リチャーズのギターを弾きながら、ミック・ジャガーの歌を歌おうなどという身のほど知らずは、おそらく激レアではないだろうか。しかも彼らの曲にはやたらと仕掛けが多い。
しかし時間と労力をかけた甲斐があって、ようやく40曲ほどレパートリーが貯まって来た。
今月、ベイエリアのプライベートなパーティーで、ストーンズ・トリビュートを演奏する。これをきっかけに、ベイエリアでの活動再開につながるだろうか。
(後編 終わり)