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「ロック少年時代への回帰 (前編)」 

この45年ぐらいの間に僕はローリング・ストーンズの音楽を掘り下げるようになった。デルタブルースで使われる変則チューニングを試している間に、キース・リチャーズのギターにぶち当たって以来だ。

 

それが高じて、僕は今では日本ツアーのプログラムの一つに、ストーンズ・トリビュートを加えている。

 

さらにそれがきっかけで、1960年代後半から1970年代にかけての、いわゆるクラシック・ロックを最近よく聴いている。

 

僕は中学生の頃から高校2年でシカゴブルースにハマるまでは、ロック少年だった。

 

1の時に初めて行ったロックコンサートが大阪で観たC.C.R.で、そのあとディープ・パープルを2回、レッド・ツェッペリン、ELP、ステイタス・クゥオ、ロリー・ギャラガー、レオン・ラッセル、サンタナ、ロイ・ブキャナン、スリードッグナイト、ウイッシュボーン・アッシュ、レイナード・スキナード、エリック・クラプトン、ジェイムス・テイラー、などを観た。

 

20歳代後半にアメリカに移住してから現地で観たのは、オールマン・ブラザーズ、ローリング・ストーンズ、ドゥービー・ブラザーズ、グレイトフル・デッド、ボブ・ディラン、ボニー・レイット、ジャクソン・ブラウン、ハート、リトル・フィート、イエス、ザ・フー、スティーリー・ダン、ジェフ・ベック、ブロンディ、B52、ジョン・フォガティー、ボズ・スキャッグス、イーグルス、サイモン&ガーファンクル、ポリス、CSN&YEW&F、レッドホットチリペッパーズ、ジェイムス・ブラウン、TLC、などがある。

 

さらにブルースやジャズ系を含むと、これまでに数え切れないぐらいのライブを観てきた。

 

不思議なことには、中学・高校時代に日本で観たコンサートは今でも鮮明に記憶に残っているものがあるのに、後年になってアメリカで観たものは記憶が何となく曖昧なものが多いことだ。10歳代の柔軟な感性には、やはり印象が強く刻まれると言うことだろうか。

(後編に続く)

「日本ツアーに期待すること」 

SNSで、あるプロの写真家がプロとアマチュアの違いについて意見を述べておられた。

 

アマチュアは膨大な時間と労力をかけて1枚、プロの技術を上回るような写真が撮れれば趣味として成り立つ。しかし、プロは限られた時間と予算の中で、一定の質を保って結果を出し、それでまた次の仕事を取ってこないといけない、と。非常に的を得ている。

 

僕は10数年前に昼の会社勤めを辞めて、フルタイムでブルース音楽を演奏するようになって以来、ずっとプロ活動をしてきた。特にシカゴのブルースシーンをサバイバルした3年間は、言わば大リーグを体験したようなものだ。

 

今の僕は、やりたいギグだけをやりたいようにやっている。それに、ライブハウスを回る日本ツアーでは毎回、セットリストを大きく入れ替えている。ことライブの準備に関しては、たゆまず個人練習を重ねて最良質のパフォーマンスを引き出すことが、自分には音楽の「楽」の部分に相当する。

 

だからこそ、ツアーの共演者の方々には期待度が高い。コストパフォーマンスを度外視で十分な準備をしてくれるプロと、半年に一度のLIVEのためにおそらくは多大な時間を割いてくれるであろうアマ、この両者の貢献で街から街へ一人で渡り歩く僕のツアーは成り立っている。

 

これまで共演が上手く行ったメンバーは、曲を体に落とし込むだけの充分な準備をして来てくれた方々ということになる。ただ曲を間違わずに演奏しただけでは物足りない。セットリストにある曲を題材に、自己の表現をできるかどうかが聴衆の心に届く鍵だ。

 

すなわち、音や声を出した瞬間に、聴衆を自分の世界に引き込めるように切磋琢磨すること。それが、わざわざライブに来て下さったお客さんからカバーチャージを頂くに値するプレーにつながるのではないか。

 

僕の見地からは、あるのは結果だけで、そこに至る努力のプロセスは問題ではない。それは、日々の練習など誰でもやっていることだからだ。

 

日本ツアーでは、プロはプロならではの完成度で、アマはアマならではの熱意と感性で、それぞれにこちらの期待に応える結果を出して頂いていることに、僕は感謝の気持ちでいっぱいだ。

「キース・リチャーズのギターについて思うこと」 

僕は近年になって、日本ツアーのプログラムの一つに、ローリング・ストーンズのトリビュートを新企画として始めた。

 

キース・リチャーズのギターは、掘り下げるほどにその才能の豊かさが分かる。ギターの巧さに関しては、世界にはもっと上手いギタリストが居るかも知れない。

 

が、彼の凄さはそこではなくて、その一つはオープンGチューニングをロックンロールに取り入れたパイオニアだと言うこと。ストーンズの数々のヒット曲は、彼のギターのリフ無しには存在しなかっただろう。

 

僕は、2代目リードギタリストのミック・テイラーが在籍した、1960年代終わりから70年代始めの56年間のストーンズが一番好きだ。キース・リチャーズの歯切れ良いリズムギターの上に乗っかって、ミック・テイラーのブルースギターが自由自在に空間を縫っている、あの好対照な緊張感が気持ちいい。

 

その時期にストーンズは、次々と傑作アルバムをリリースし、イギリスを越えて世界的なロックバンドとなった。

 

僕がビートルズよりストーンズにいっそう共感できるのは、ミック・ジャガーとキース・リチャーズが作る曲が、黒人ブルースやソウル音楽をルーツにしてるからだ。

 

思うに、ストーンズのトリビュート・バンドが世の中に少ないのは、彼らの内面に秘めたヘビーなブルース・フィーリングを再現できるプレーヤーが少ないからではないか。つまり、そこを押さえずにストーンズの曲をカバーしても、それは上滑りになるだけだろう。

「曲のグルーブについて」 

僕は趣味でたまにゴルフをするが、しばらくクラブを振っていないと、スイングを取り戻すのに時間がかかる。打ちっ放しで練習を続けるとまた、スイングに少しタメが出て来て、球を真っ直ぐ遠くに打てるようになる。

 

楽器の演奏も同じで、タメが重要。曲を充分に知らないと無意識に気持ちが焦って、ノリがツンのめりがちになる。特にステージでは、人に観られているプレッシャーがあるから、それが顕著に出る。

 

僕は過去に日米で、共演者の中で何人かそう言うプレーヤーを見て来た。楽譜の上では正しくプレーしていても、グルーブが詰まってこちらが歌いにくいことがある。別にリズムはハシっていないので、間違ってるわけではない。

 

グルーブというのは音と音の間の大きな波のようなもので、そこを凝縮したのでは、息が詰まってしまうということだ。

 

要は、曲を体に落とし込んでるかどうかではないか。それが余裕のある演奏につながるし、聴いている方も安心してノレるのだろう。それには練習しかない。

 

僕は固定したメンバーでレギュラーのバンドを持っていない。だから、たまにしか会わないメンバーと新しいセットリストでライブをやるとき、これは常に気になる課題だ。

「日本で入手したブルース・アルバム」 

最近、日本で手に入れた日本のブルースアルバム2枚について。

 

ひとつは、日本のブルースハーモニカの草分け、妹尾隆一郎氏の「メッシング・アラウンド」の再発デラックス盤。未発表曲が2枚目のCDに丸一枚分たっぷり入っている。

 

日本でブルースブームが起きた1970年代、つまり50年以上も前に、既にこの完成度の高いシカゴのハーモニカ・ブルースが日本で演奏されていたのは驚きだ。

 

もう一枚は同じ時期に、つまり僕が高校時代にラジオで聴いたことのあった、スカイドッグ・ブルースバンドのデビューアルバム。彼らは、当時は「モダン」とされたシカゴのエレクトリック・ブルースを日本語で歌っていた。

 

日本人が日本語でブルース音楽を再現するのは、時代に関わらず素晴らしいことだ。それは、英語のハンディキャップや、ブルースの背後にあるゴスペル音楽の宗教的な重荷が無くなるから。つまり、日本で生まれ育った環境の違いの要素の多くが省ける。

それに聴衆の対象は日本人なので、海外で日本人が体験するであろう人種差別も無いし。

「今秋の日本ツアー」 

僕が毎年、米西海岸から日本へライブハウス・ツアーに行き始めたのが2013年なので、今年でもうかれこれ13年目になる。
 
 
ツアーを始めた当初は、「地元」の京都と大阪だけだったが、長い時間をかけてさらにそれを神戸、名古屋そして東京へと拡張して行った。
 
 
今では春と秋に2週間づつ、それぞれ10本のライブを行なうようになった。
 
この数年でライブの本数が増えただけでなく、今秋11月のツアーのプログラムは5種類の多岐に及ぶ。
 
 
(1) ジャズギターの畑ひろしさんをゲストにモダンなギターブルース。
 
 
(2) ジャズオルガンの小野みどりさんをゲストに、初期R&Bおよびソウル特集。
 
 
(3)ブルースギターの岩崎一也さんをゲストに、ダウンホーム・シカゴブルース特集。
 
 
(4) フライングV のアルバート寄木さんをゲストに、世界でも類の無い「弦逆張り奏法」バトル。
 
 
(5) さらには、昨年より絶賛好評中の新企画、ストーンズ・トリビュート。
 
 
と、この5種類のプログラムで延べの演奏曲が100曲を超える。
 
 
自分のゴールは、どのライブのどこを切り取っても、聴衆の心に刺さる強い演奏をすることだ。一曲目からギアをトップに入れて、終演まで疾走するライブを常に目指している。
 
 
今が旬の我々の演奏を是非、日本の皆様にご覧頂ければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。

「2026年の日本ツアーについて」(後編) 

(前編からの続き)

 

僕は以前、ローリング・ストーンズのブラウン シュガーを、普通のチューニングで弾いていたことがある。が、ギターの微妙なニュアンスがどこか違うとずっと感じていた。オープンGチューニングにして初めて、あのダーティかつ歯切れの良いギターのグルーブが出た。

 

キース・リチャードのオープンGチューニングのギターを認識して以来、僕はストーンズの音楽にハマってしまった。数年前に、このベイエリアで実験的にストーンズのカバーをやり始め、昨年から日本でストーンズ・トリビュートをやるようになった。それは今や自分のツアープログラムの重要な一部となっている。

 

この5月の2週間にわたる日本ツアーでは、昨年関西で始めた新企画のストーンズ特集を名古屋と東京でも行なう。今の日本に、ストーンズ曲だけで2セットをフルにカバーするトリビュートバンドはいるのだろうか?

 

さらにその他にも、これまでメインにしてきたギターブルースのプログラムに加えて、往年のダウンホーム・シカゴブルース特集もある。

 

そしてこの秋には、キーボードをフィーチュアして初期R&B特集も企画している。つまりツアーのプログラムが4種類の多岐にわたる。ツアー全体の延べの曲数の多さは半端が無い。

 

という風にこの2年ほど、春と秋に年2回の日本ツアーのプログラムの拡張に大きく時間を割き、それに集中して来た。今年の終盤あたりからは、このベイエリアでの再活動をまた視野に入れ始めている。

「2026年の日本ツアーについて」(前編) 

僕が2020年の冬に、3年近く住んだシカゴから元のカリフォルニア州の家に戻ってもう6年経った。ブルース音楽に専念したシカゴ時代は、思えば泡沫(うたかた)の夢のようだった。

 

伝統的なシカゴブルースの衰退は、シカゴにおいてすら、時代と共に避けることは無理なようだ。爆音ブルースの波が、最新の流行としてシカゴにも押し寄せていた。

 

幸運にも僕は親日派のブルースマンであるJW Williams 氏に出会えたことで、本場シカゴでレギュラーのバンドの仕事にありつけた。

 

シカゴではブルースクラブの数が減少している。まだ生き残っている老舗ブルースクラブはもはや、世界中から訪れる旅行客の観光名所と化していた。ブルースライブは、言わばシーワールドのイルカショー的なものだ。

 

ブルースの街、シカゴはミュージシャンの質が高く、数も多い。僕は当地でサバイバルしたことで、自分のプレーが強くなったように思う。そして今僕は、高校生の時から半世紀にわたり聴き込んで来たブルース音楽を、幅広く集積するフェイズに入った。

 

その「ブルース音楽を幅広く集積する」ことの中には、スライドギターやブルースハープ、そして左利きギターをひっくり返した「弦逆張り奏法」も含まれる。さらには、初期のR&Bも。

 

その一方で僕は、ミシシッピー・デルタブルースによく使われるオープンGチューニングのスライドギターを掘り下げるうちに、ローリング・ストーンズのキース・リチャードのギターに遭遇した。

 

キース・リチャードはオープンGチューニングをロックンロールに取り入れて、そのパイオニアとして功績をロック史に残した。何につけても最初に考えた人は偉い!

 

そのギターの凄さは、指の速さや流れるような華麗なフレージングではない。曲のテーマとなる、聴いてすぐに口ずさめるようなリフを考え付くその稀な才能なのだ。

 

(続く)

「ジョー・ザビヌールのインタビュー」 

先日、元ウェザーリポートのリーダー、ジョー・ザビヌールの生前のインタビュー動画に偶然行き当たった。その中で、ベーシストのジャコ・パストリアスについての言葉で一番心に響いたのは、ジャコの音楽についてというよりも、その「人間性 (Humanity)」を最も覚えているということだ。



ミュージシャンは往々にしてエゴが強い。それは個性として音に表れるから、ポジティブな面も無くはない。が、当たり前だが、ミュージシャンはアーチストである前にこの社会に属する人間である。



僕は日本ツアーに行って日本のミュージシャンとプレーするときに、メンバーを選ぶ大事な基準の一つにその人間性がある。双方が互いに持つ敬意無くして、バンドとして良い音楽など作れるわけがないからだ。



例えば時間厳守や充分な準備といった常識的なことは、最低限守られるべきものであって、妥協の余地が無い。さらには自己を抑えて、その曲の中で主役を最大限に引き立てることが出来るかどうか。



僕のように、街から街へ一人で渡り歩くツアーでは、当日のわずか12時間のリハーサルだけが当地のバンドのメンバーと音を合わせるチャンスであって、そのあとはもうステージで本番だ。



こちらと演奏することを楽しんでくれるプレーヤーとは、またリピートで共演することが多い。それがステージでは、阿吽 (あうん) の呼吸となりステージの音に出る。例えば、こちらの肩が少し動いただけで、バックのメンバーがサビやエンディングに行くことを察知してくれるとか。



僕が音楽をやっていて良かったと思うのは、音楽を通じてでなければ無かったであろう、多くの素晴らしい人たちとの出会いだ。これからもそれを楽しみにしている。

「今年を振り返って」 

2025年ももうすぐ幕が降りようとしている。

 

パンデミックの長いブランクの後、一昨年の秋から僕は日本ツアーを再開した。今では、春と秋に2週間ずつのライブハウス・ツアーを行なっている。

 

音楽的に見て今年の新しいトピックは、ローリング・ストーンズ・トリビュートをツアーのプログラムに加えたことだ。ストーンズの音楽は、僕にはブルースの延長線上にあり、そのブルース・フィーリングは深くて濃い。

 

さらには、オーティス・ラッシュ流の弦逆張り奏法も好調だ。今や僕のブルースライブでは左利きギターは欠かせないものとなっている。

 

その一方では、来春からダウンホームなシカゴブルース特集だけのプログラムも始める。僕がシカゴブルースにハマったのは、大阪で高校2年のときだから、もう半世紀にわたりこのジャンルの音楽をずっと深く掘り下げてきたことになる。

 

僕は1987年にアメリカに来た。以来、かれこれもう40年近くになる。その間に手に入れたものを一言で集約すると、「やりたいことをやりたいようにやれる自由」ではなかったかと思う。これがアメリカン・ドリームでなかったら、一体何がそれと言えるだろう。

 

来年もよろしくお願いいたします。