仏作って魂入れず


アメリカに来てからこれまで、いろいろなミュージシャンと一緒に演奏してきた。 

  

プレーヤーの中には、技術的には凄いものを持っていても、それが必ずしもバンド全体としてのグルーヴに、反映されていない時がある。“仏作って魂入れず”と感じるのは、まさにそういうときだ。 

  

僕の音楽志向は、1960年代に全盛を極めた伝統的なブルースとソウル・ミュージックである。自分が日本生まれで日本育ちなのに、どうしてアメリカの黒人ブルースバーで、ハウスバンドを仕切っているのかを考える。 

  

それは、長年ブルースを聴きこんできた時間の量が、きょうびの若いプレーヤーとは、おそらく比較にならないのだ。ブルースの感情移入は、譜面から来るものではなく、人の内面からにじみ出るものであろう。 

  

僕は、カバー曲をやろうと準備するとき、その元曲だけダウンロードして聴くということは、まず無い。その曲の入ったアルバム全般とその周辺も聴く。そのカバーを他のアーチストがやっておれば、それも研究する。この一見、何の変哲もないことが、入力する情報に厚みと深みを付けることに繋がるのだ。

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