日米でプレーするブルースの違いについて (その7)

バンドを運営・管理して行くには、強いリーダーシップが不可欠である。バンドの演奏はもちろんチームワークであるが、メンバー全員の意見をいちいち聞いていたのでは、遅かれ早かれそのバンドは行き詰まるだろう。ただでさえアーチストは自我が強いのに、それが何人か寄ったグループに民主主義は有り得ない。

 

僕は仕事のブッキングやメンバーの調達、そしてライブの宣伝などを全て自分一人でやる。ツアーに行くときは、飛行機や交通手段、宿泊の手配などもだ。ライブ会場や共演するメンバーとの交信も含めると、音楽そのものよりもそれ以外のことに膨大な時間が取られる。さながら小規模の個人事業主のようなものだ。

 

北カリフォルニアはベイエリアの黒人ブルースクラブで僕が毎週1回、計5年以上にわたりハウスバンドを率いていたとき、いみじくもそのメンバーの一人がこう言っていた。「Every good band has a dictator (良いバンドには必ず独裁者が居る)」と。言い得て妙だと思う。

 

既に書いたように、僕にとってライブの仕事をエンジョイ出来るかどうかは、バンドとしての演奏の質が高いことがまず必要条件だ。一流のプレーヤーは別として、アメリカで出会った自称「ミュージシャン」の多くは、そこをはき違えている人が多かった。彼らはたいてい、楽をして小銭を稼いでハイ(high)になろうとするのが基本姿勢であった。僕がライブ中に自分達の出す音に陶酔して自然に気分が高揚するようなことは、年に一度有るか無いかぐらいで、むしろ無いほうが多い。

 

ありがたいことに日本ツアーでは、メンバー個人個人のエゴが表面に出て来ることは、幸いこれまであまり無かった。これは和を重んじる国民性の違いなのだろう。

 

それに僕は人前で演奏するときはどんな状況であれ、必ずベストを尽くすように心掛けている。それは、良い噂というものは世間では中々すぐには広まらないが、悪い噂は電光石火のごとく飛び散るからだ。何処で誰が見ているか分からないから気を付けないと。

(続く)

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