夢について (前編)


僕は子供の頃は、現実的な夢しか持っていなかった。小学校のときに、将来はサラリーマンになって、毎月定まった収入で暮らそうと考えていた子は、珍しかった。


本当は一時期、ほのかに野球選手に憧れたが、そんなことは実際には無理なことぐらいは、子ども心にも明らかだったので、口にするのもはばかられた。 

  

が、皮肉なことに、歳を取るほどに夢にうつつをぬかすようになった。 

  

夢を実現するには、まずそれを見ることから始まる。これまで実現したものを、それが起こった順に三つあげる。 

  

一番大きかったのは、何と言っても、約30年前に日本からアメリカに移住したことだ。当時は回りの反対を押し切って、何の保証も無しにこの国に一人で乗り込んできた。が、手探りで危ない橋を渡りながらも、現在もこうしてサバイバルしている。気が付いたら、人生の半分をはるかに超える時間をアメリカで過ごしていた。 

  

二つ目は、技術者として世界を相手に、研究開発で勝負することであったが、これも会社勤めをしていたある時期の間、実現した。自分の発明が、製品として世間で使われることほど、技術者冥利に尽きることはない。 

  

三つ目は、ミュージシャンになることだった。4,5年前になってようやくその環境が整ってきたのだが、これは今も現在進行中だ。以前、パートタイムで音楽をずっとやってきたときもそうであったように、音楽だけで安定な収入を得るのは非常に難しい。 

  

副業でギターを弾いていたときは、演奏してギャラを貰えば、それで済んだ。しかし、今では自分のバンドで、メンバーにギャラを払う立場だ。音楽をキャリアとして続けようとするとき、そのプレッシャーの跳ね上がり方は、以前とはとうてい比較にならない。 

  

先日こんな話を聞いた。最近まで大学で経済学の教授をしていた知り合いがいる。その人の友人で、若い頃にサックスを吹いて音楽家を志望していた男がいた。が、結局あきらめて彼は大学院に入りなおし、専門分野で博士号をとって、やがて大学教授になったそうだ。 

  

その男が言うには、“アメリカでは楽器の実力が全米で100番程度では、ストリート・ミュージシャンで終わるのが関の山だ。が、学問の分野で全米でトップ100にランクされると、名の通った大学で正教授になれるのだ” と。

(続く)

 

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