アメリカと日本でやるブルースの違い


この数年、日米両方で平行してブルース・ライブ活動を行っているが、聴衆の反応に日米で明らかに違いがある。ここで言うブルースとは、アメリカ深南部に端を発し、北部の都会でモダンなスタイルに発展して行った音楽を言う。 

  

ブルース音楽は、人々の生活に根ざしており、大衆性が強い。特にそれを生み出した黒人社会では、ゴスペルをルーツにもつブルースは、年配の世代から、その次の世代あたりまでは、彼等の生活の一部となっている。日本でなら、時代的に昭和の演歌に相当するだろうか。 

  

その決定的な違いは、日本で生まれ育った自分がアメリカでブルースをやる時、自分が有色人種(つまり、下層階級)に属していることを意識せざるを得ないことだ。 以前に京都でブルースバンドをやっていたころには、経験しえなかったヘビーな感覚だが、それが当地の日常である。

  

今の自分の演奏や歌唱には、人生の半分以上をアメリカで過ごし、その土地の空気を吸い、水を飲んできた、その生活感がおそらくにじみ出ているかもしれない。現地では、歌詞のキモのところで、観客が熱く反応してくることがよくある。 

  

一方、日本には、ブルース音楽をとことん聴き込んだ愛好家が多く、ブルースはかくありきという確固たる志向を持って、お客さんがライブを観に来るから、演奏する側には別な意味で、緊張感を強いられる。 

  

日米に関わらず、出来るだけ古いスタイルで演奏することがホンマモンに近いという評価につながるので、その意味では、ブルースは古典芸能的ですらある。



 

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