ジャズの思い出 (2)


(続き)以前は仕事でよく海外に出ており、あれは確かフランクフルトかブリュッセル空港のボーディング・ゲートで、有名なジャズマンを見かけたことがある。彼は楽器のケースを肩にさげていたので、周りにいた乗客から、演奏を観たことがあるとかいろいろ話しかけられていた。僕はというと、彼の目と鼻の先に居たが、相変わらず話しかける勇気が無かった。 


当時僕は、フリークエント・フライヤーで、エコノミーからビジネス・クラスへのアップグレードの特権があり、その順番待ちをしていた。そのジャズマンはどうやら同じことをしているようだった。彼ほどのワールドクラスのプレーヤーなら、ファーストクラスで世界中を飛び回っていてもおかしくないから、ひょっとすると、ビジネスクラスからファーストクラスへのアップグレードを、待っていたのかもしれないが。僕にはその時、世間のジャズプレーヤー全般に、何故か勝手に庶民的な親しみが湧いたのを覚えている。 


今住んでいる、サンタクルーズにもジャズクラブがあり、トッププレーヤーが立ち寄る。メイシオ・パーカー、トゥーツ・ティールマン、デイビッド・サンボーン、ブッカーT、ビレリ・ラグレーン、ブラッド・メルドー、それに、ヒロミとスタンリー・クラーク、山中千尋さんもそこで観た。パット・メセニー、ウェイン・ショーター、アル・ディメオラは、少し大きめのホールだった。 


僕は、いいプレーヤーが近辺までツアーに来たときは、無理をしてでも観に行くようにしている。良い音楽を聴いて、ときどき耳に栄養を与えるためだ。ジャンルに関わらず、一流のプレーヤーがそのパフォーマンスに入れ込むエネルギーを吸収することで、自分も活力を得るのだ。 


アメリカに来て良かったと思うことの一つに、ブルース、ソウル、ジャズといった黒人が生み出した音楽を、隔てなく聴くようになったことがある。自分の中では、これらは三位一体となっている。そのルーツにあるのがゴスペル音楽だ。 

 

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