オーティス・クレイの音楽


日本で学生時代に、コテコテのシカゴ・ブルースにはまり、3 コード/12 小節のブルースしか聴いていない時期が数年続いた。そんな中で、初めてソウル音楽というものに、目を見開かせてくれたのが、オーティス・クレイだった。京都の磔磔で、そのライブを初めて観たのが懐かしい。 


その後しばらくして僕は、ミネアポリスに住んでいる間に、隣町のセント・ポール市にあったブルースバーに、シカゴからツアーに来るバンドをよく観に行った。オーティス・クレイもそこで何度か観た。いつも聴衆を鼓舞する、熱いステージだった。ギター、ベース、ドラムス、キーボードに、ホーン・セクションと女性バック・コーラスを加えた、大編成のバンドメンバーが全て黒人というのは、壮観だった。 


最初の数曲は、彼のバックのバンドだけがインスト曲を演奏する。ある日、地元の白人のトランペット・プレーヤーが、始め飛び入りで演奏に加わっていた。そのまま続けるのかどうか興味深々だったが、いざオーティスがステージに上がる段になると、そのトランペッターは、バンドのメンバーから何か耳打ちされてステージを降りた。これは全く僕の推量だが、音へのこだわりの他にも、プレーヤーたちの民族の誇りがそこにあったのではないかと思う。 


それから20年以上経って、最後に彼のステージを観たのが、数年前に、サンフランシスコの有名なジャズクラブ、Yoshi’s  でのライブだった。意外なことに、その日は少し空席があった。日本での圧倒的な人気からすると、それは僕には目を疑う光景だった。彼のパフォーマンスは、相変わらず素晴らしかった。 


訃報を聞いたとき、僕は自分の部屋を閉め切って、氏のライブ・イン・ジャパンのアルバムを大音量でかけて偲んだ。今週の我々のライブは、その中から、”Is It Over” を一曲目に演奏して、偉大なるオーティス・クレイ氏を追悼したい。


 

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