日米でプレーするブルースの違いについて (その4)

これは数年前までシカゴにしばらく住んでいた時の経験だが、日本からシカゴに憧れて当地のブルースクラブのジャムセッションに参加しに来る若い人達と何人か出会った。

 

シカゴでは、ビジターとしてお金を落としてくれる外国からの観光客は歓迎される。だから英語に少々慣れていなくても「本場を体験できた」、「楽しかった。また来よう。」と良い思い出を作ることは、ブルース人口を世界に広めるのに非常に意義のあることだ。

 

が一旦、当地のミュージシャンの競争の中に割り込んで、しかもフロントマンとして仕事を取っていこうとすると話は全く別だ。僕はシカゴに住んだ3年ほどの間を通して、当地で自分のリーダーバンドで何度もライブを行なったが、老舗ブルースクラブの壁は厚い。その壁を破るには、まだまだ気の遠くなるような時間と努力が要るように感じた。

 

そのとき自身のバンドと並行して、幸いサイドマンとして長期のポジションも見つけた。バディ・ガイ氏の元ベーシストのJW Williams 氏が率いるChi-Town Hustlersにリードギタリストとして雇われたのだ。そしてその2年間に、シカゴ市街の有名クラブで毎月10本ほどレギュラー出演するという貴重な経験をした。Williams 氏は、ステージでセットごとに何曲か僕にも歌う機会を与えてくれた。

 

その時点で自分の長年の夢は叶ったのだが。

(続く)

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